救援
「姉さんが捕まった?! どういうことよそれ!」
レイドが緋沙音を伝令に出した翌日、私は緋沙音から直接事の顛末を聞いていた。
「詳しい事はわかりませんが、――おそらくは現場の指揮官と何かもめ合ったのではないかと」
「で、その話、お父様にはしたの?」
「ええ、大臣を通して事情の報告はいたしました。ただ――」
緋沙音はそこまで言って言葉を濁した。
「ただ、なに?」
「ルナお嬢様の出立に、王はずいぶん気を揉んでいたそうで……もしかすると援軍は出ないかもしれません」
「そんな馬鹿げたこと、認める訳ないでしょ!」
激昂して、つい目の前のテーブルを叩いてしまった。手がじんじんする。
私は立ち上がって自分の机に向かった。
「お嬢様、どちらへ?」
今までドアの前に立って私たちの会話を心配そうに見つめていたシスが尋ねてくる。
「お父様に直接話をしてくる」
私が直接話をする。それしかどうやら方法がなさそうだった。――うまくいくか保証はないけど。
机の上に置いてあったコロネットを持って、私が部屋のドアに近寄ったその時、ドアがノックされた。
「近衛兵兵隊長のガリアンです」
堅苦しい口調がドア越しに聞こえてきた。
「いいわ、入って」
私がそういうと、スーツを着た人間のガリアンと、室内用軽装備のほか数名が入ってきた。
「私の部屋に来るには大仰な人出ね。なにかしら?」
あんまり、騎士とか兵士とか言う人は好きじゃないのだ。とくに、職業軍人は。
「サン王からのご命令です。――緋沙音を連行しろ」
ガリアンの一言で、後ろの三人が緋沙音ににじり寄る。
「ちょっと! 緋沙音がなにしたっていうの?」
「サン王が援軍を出さないと言えば、お嬢様は一人でも出て行かれる可能性がございます。それを王は危惧なさったのですよ。
ですから、今のうちにくぎを刺しておこうということに。緋沙音はとりあえず牢に、お嬢様はこのお部屋に軟禁なさるということです」
ガリアンが淡々と語る。お父様、さすがにこういう動きは速いわね……。
「緋沙音、ごめんね。事が終わったら出してあげるから」
私は連行される緋沙音にそう言って、部屋に一人残された。
―――――
「ごめんなさい、お嬢様」
夜になってから、ドアごしにシスの申し訳なさそうな声が聞こえた。
「あ、見張りシスなの。よかった、話し相手もいなくて退屈だったのよね」
そういいながら、クローゼットを開いて目当ての服を物色する。
青いローブに、民族服のスカートを履いて、ソファー前のテーブルに置いてあったカップに口をつける。中の紅茶はすでに冷たくなっていた。
「ねえ、シス……」
ソファーからおもむろに立ち上がり、ドアの前に立つ。「あなたは、私たちの味方よね?」
「おじょーさま……、うん、味方ですよ」
「じゃあ、私の考えてること、わかる?」
私はドアに額と手を添えながら言った。
「うん……わかるのですよ。だから、さっきから困っているのです」
困っているというわりには、いつものおどおどとした様子ではなくて、わりとはっきりとした声だと思った。
「そっか。姉さんの言いつけ、ちゃんと守ってるんだ……」
私はするすると額をドアにつけたままその場で膝をついた。振り返って、今度はドアに背を持たれて膝を抱えて座り込む。
「はぁ、私はダメな妹だね……いっつも姉さんの言うこと聞かないんだもん」
「それをいったらボクもですよ。いっつもルナおじょーさまに悪いと思いながらラクティおじょーさまのいたずらを手伝ってきちゃいましたから」
シスがドア越しに笑うのが聞こえた。
「そういえばそうね。シスには迷惑かけちゃったなー。……でも、シスもシスよ? いっつも私がチョコレートあげるからってだけで私の手伝いしちゃったんだから」
私も、いろいろないたずらを思い出して笑った。
「あはは、今日はいっつもって言葉が多いですね。じゃあ、ボクもいっつもやってるみたいに、チョコレートくれたらおじょーさまを手伝ってあげます」
そして、ドアが開かれた。
笑いながら、シスが言う。でも、笑い声の中に、何か違うものを感じた。
「はい、おじょーさま」
シスが、自分の身長の三倍はあろうかという鉄製の棒を私に渡した。退魔師としての、私の愛用の戦闘棒だ。
「さあ、行きましょうか」
シスが言う。
「ええ、行くわよ」
私が言う。
―――――
星空の下を私とシスを乗せた愛馬、星駆が走る。目指すはソプラール北の連合要塞。