Tales of Lunatic ―― 第二話

不和

 

連合は大きな砦を十ほどもっており、そのひとつがソプラール街道北とヨルティオ山麓のちょうど真ん中ほどにあった。普段は維持のための管理人がたちが数名いるだけのその場所に現在、連合の兵士たちのおよそ五分の一が集結している。

出立から三日後の深夜、その砦の後門前にルナはいた。月馳からは降りて、手綱を持って引いている。

「何者だ?」

高い鉄柵の門の前に立つ二人の守衛のうち一人が、物静かな声でルナの名前を尋ねた。ルナの素性はわからずとも王族としての高貴そうな雰囲気は感じ取ったのだろう。

「イミュロウジの第一王女ルナティックです。このたびは今作戦指揮官に用事があって参りました。これが身分証明です」

そう言って、ルナは月馳の鞍部にかけている鞄から連合認証を取り出し守衛たちに見せた。

「了解しました。只今門を開けさせます、ルナティック様」

慇懃な態度で礼をした守衛に、ルナも軽く頭を下げる。

そしてしばらくしてから、ルナは入城した。

 

―――――

 

「これはルナティックお嬢様、遠路はるばるご苦労様です。ささ、こちらの席へどうぞ。あ、私は現場指揮のラストルでございます」

入城してから月馳を馬屋に預け、ルナは司令官室に通された。

ソファーに腰を下ろすと、指揮官らしい人間の男も対面に座った。

「こちらどももお嬢様が来られるという話は存じておりませんでして。もし存じ上げておりましたらもっと豪華なおもてなしをご用意できたのですが」

話している内容はまともだが、どうにも口調と顔つきがルナには胡散臭く思われる。理由は何かと思えば、この男、指やら耳やら、挙句の果てに歯にまで金細工の装飾品を身につけていた。身につける数といい趣味といい、悪趣味なものだと思った。

ましてや、ここは戦場となる場所。戦場において装飾品で身を飾るというのは騎士道らしくない。もし形見の品だというならわかるが、こうもたくさんつけていては形見とも思えない。つまりはこの男自身には、全く戦う意思はないということだ。

「――私が来たのはお忍びですからそれも仕方ないでしょう。それに、豪華なもてなしなど結構。戦場となるかもわからぬ場所で豪奢に浸るのは理にかないませんでしょう?」

「ははぁ、それは申し訳ありません。いやはや、お嬢様は聡明なお方だ。それでお嬢様、このたびは一体どういったご用件でしょうか?」

「唐突なお話になりますが、貴軍の本国帰還を申し入れに参りました。この戦争、する意味が全くありません」

「……それはお嬢様、どういったことでしょうか?」

あまりに当然な内容だったのだろう、ラストルはぽかんとした顔のまま、しかし一応の体裁は整えて返してきた。

「そのままの意味です。この作戦を中止し、撤退してください」

「連合軍中央司令部からの指令……というわけではなさそうですね。失礼ですが、お嬢様の独断でございましょうか? それとも、イミュロウジ王国の総意でございますか?」

先ほどの驚いた顔をとりあえずは取り繕い、真面目な顔でラストルが聞く。

「いえ、私の独断です。――ですが、場合によっては国家の総意としてもいい。とりあえず、そちらの言い分を聞かせていただきましょう」

国家を左右するかもしれないことを、ルナは出された紅茶を飲みながらさらりと口にした。

「言い分とは……言うまでもありません、本作戦は続行します。

お嬢様もご存知でしょう? アスティアがなにやら古の戦争兵器を用意しているという話。一介の中立領がそんなものを所持するわけにもいきませんし、もしそれをわれわれのものとできたら、この長い三国戦争にも幕を下ろせるのですよ?」

「でも、兵器というのは噂でしょう? それに、この一件、どうにも怪しい。父の書簡を盗み見るに、ブラームとかいう男が――」

突然、激しい頭痛が、それも気絶しそうなほどの頭痛がルナを襲った。さっきの紅茶に毒を盛られたと思った時にはすでに遅かった。

「いけませんねえ、お嬢様。お父上の書簡をのぞき見するなんて。触らぬ神に祟りなし、ですよ?」

薄れていく意識のなか、急に態度を変えたラストルの声がルナには不愉快でしかたなかった。

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