Tales of Lunatic ―― 第一話

第一話  和平工作 王女の正義

 

「アスティアに攻め込む?! どういうことですかお父様!」

イミュロウジ王宮、王の執務の間に、若い女の声が響く。

午後の陽ざしが薄いフリルのカーテン沿いに差し込むその部屋には、中央の机に向って黙々と事務仕事をするエルフ、サン王と、机越しに彼の前に立つドレスを着た若いエルフ、ルナティックがいた。

「私もどうかとは思う。だが、……これは連合国家の総意なのだ。数十ある連合所属民族のうち、アスティア攻撃に表立って反対する民族はエルフのいくつかと私たちだけだ。

だが、彼らと私たちの立場は異なる。それはわかっているだろう

連合国家とは、ドワーフやマイリーン、エルフ、そして人間といった種族間のつながりによる民族や、太古から民族崇拝を基軸に生活してきた多種族入り混じった民族などが総合、結託してできた多文化多民族国家である。

それゆえに、各民族の思想や崇拝にほかの民族が口を挟むことはない。

今回アスティア攻撃に反対したエルフの民族たちはは、そういった連合の事情に則り本来のエルフとしての生活を守ることを常とし、こういった軍事的活動においてはほぼ常に反対――つまり不干渉の立場をとってきた。

しかし、そういった事情が認められるのもエルフという単一民族だからである。エルフは自分たちの森を守ることを最大限の目的と考えるため、対外軍事力を持ち合わせていないからである。

一方でイミュロウジ王国は、王こそ世襲制で毎代エルフが取り仕切っているが、国家そのものは多種族混合国家である。

それゆえに、国家の決断は世論によって定まり、また王家は軍部を組織し国民を守る義務がある。

対外軍備がある以上、連合国家の総意に反対することは政治的に難しかった。

「ですがお父様、何もアスティアでなくとも。あそこは三国中立地区ではありませんか。何か理由でもあるのですか!」

強い剣幕で問いただしながら、ルナは机の前、王の眼前へと突き進んだ。

「……ルナ、今は退け」

しかしその勢いをかわすかのように王は手元の書類に目線を落としそう言った。

「しかし――」

「退けと言っておるのがわからんのかっ!」

今までの物静かな態度を一変し、王が怒鳴る。

「……わかりました」

唇をキュッと噛みしめ、ルナは踵を返して部屋を出て行った。

 

―――――

 

「お姉ちゃん、ほんとに行っちゃうの?」

夜、月明かりに照らされた馬屋の前で、乗馬したルナにラクティが尋ねた。

「ええ、行くわ。……無駄な戦争を止めないと」

まっすぐに妹を見据えながらルナは言った。

「でも、お父さんは行くなって……。怒鳴ったのだって、きっと事情があるんだよ」

「ええ、事情はあるでしょう。今まで怒鳴られたことなんて数度もないぐらい温厚なお父様ですもの。

だけど、どんな事情があるにせよ、戦争が起こるのは止めなければいけない。それが、王女の私の責務なの

ルナは諭すように意思を語り、ラクティは心配そうに姉を見上げる。

「じゃあ、私も行くよ、お姉ちゃん。私だって王女だもん、手伝わなきゃ」

そして、意を決したようにラクティが言った。

「ダメよ」

しかし、その意思はあっけなく否定される。

和平工作は、第一王女の私の仕事。第二王女のあなたにはできない仕事なの。でも――」

一旦そこで言葉を区切り、ルナは空を見上げた。ラクティから目を離すように。

「私がいなくなって、もしあなたまでいなくなったら、この国は誰が支えるの?」

ルナの何かを決意した言葉に、ラクティはなにも返せなかった。

何を決意したのかまでラクティにはわかるような気がしたが、わかりたくなくてそれは考えなかった。

「ルナおじょーさま……ボクも……」

ラクティの隣に立つシスルナがおずおずと言葉を漏らす。だがすべてを言い終える前に、

「シス、あなたまでついてくるなんて言わないでね」

シスルナの意思にルナはくぎを刺した。

「あなたはラクティを守りなさい。あなたの名前の意味、忘れちゃダメよ」

そして、ルナは自分の住んでいた王宮を見上げ、二人の顔をもう一度見渡して――

「さあ、行くわよ月馳」

愛馬に声をかけて夜の山道を走りだした。

 

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