Tales of Cisluna ――プロローグ

月と星の道の守り手

 

「おじょーさまー、ラクティおじょーさまー、勉強の時間ですよー」

小さな身体を揺らしながら、そのラピンは廊下を、花壇を、キッチンを走り回っていた。

「んもー、おじょーさまはいったいどこー?」

ラクティが魔法の訓練の時間になっても部屋に戻ってこないので従者のそのラピン――シスルナは王宮内を走り回るはめになっているのだった。

小さな身体で、それなりに大きな王宮を走り回るというのは他の種族以上に疲れるだろうに、彼はずっと元気にすばしっこく走り続けている。

そして、シスルナが階段を上がり、王宮屋上に出ると、

「あー! おじょーさま、やっと見つけましたよー!」

そこではラクティが屋上の縁に腰かけて空を見上げていた。

「あ、……見つかっちゃった」

ばつの悪そうにみえるように、でも笑いながらラクティは言った。

「見つかっちゃったじゃないですよーもー。おじょーさまがいないとボク、ノヴァさんに睨まれちゃうんですからねー」

「あははー、ごめんねー。天気がよかったから星がきれいに見えるかなーって思って逃げちゃった」

そう言ってラクティはまた夜空を仰ぎ見た。つられてシスルナも見上げると、たしかに、たくさんの星とひとつの半月が輝いていた。

「あ、きれーですねー……って、おじょーさま、戻りますよっ! 戻らないとボク、ボク……」

ぶるぶると頭を抱えて震えだす。

「ノヴァさんに食べられちゃうー!」

途端、ラクティが大きく笑いだす。

「あははー、それはさすがにないってー。かわいーなーシスちゃんはー」

いつの間にかシスルナに近寄っていたラクティは、震えているシスルナを抱き上げた。まだ10歳で、エルフとしてもまだまだ小柄な彼女でもラピンのシスルナは少し大きな人形程度の大きさしかなかった。

「ノヴァさんだってさすがにそんなことしない……あれ?」

話の途中で突然、ラクティの調子が変わる。

「……どうしました?」

気になったシスルナが尋ねる。

 

 

「なんだか、悲鳴みたいなのが聞こえて……」

ラクティがそこまで言った瞬間、先ほどシスルナが出てきた屋上の扉から一人の兵士が飛び出し、息も絶え絶えに叫んだ。

「ラクティお嬢様っ! 賊が侵入いたしましたっ! 今すぐに」

ブバッ……

 

だが、兵士の言葉は、その首から血が噴き出すことで途切れた。

―――――

がしゃん、と甲冑を地面にぶつけた音がして、その兵士の人は倒れちゃった。

そして、その背後から一人の軽装の男の人が現れた。手には、血の付いたばかりのナイフを握っている。

「あんたがラクティか……ちょっと一緒に来てもらうぜ」

言いながらゆっくりと男が近寄ってくる。

どうしよう? このままだとお嬢様が……

男の人の顔……怖い。

怖くて目をそらす。お嬢様の顔を見ると、お嬢様は、

「大丈夫、シスちゃん。――私が守ってあげる」

優しい声で、おびえて動けないボクに言ってくれた。

でも、その顔は、強張っている。いつものお嬢様らしくない。

そしてボクも、そんな言葉はお嬢様の言うべき言葉じゃないと思った。

それにボクは、……おじょーさまたちにあの日助けられたから

そしてあの日から、今度はボクがおじょーさまたちを守ろうと決めていたから

思った途端、ボクはお嬢様の腕から飛び出して、男の前に立っていた。両手を広げて、精一杯大きく見えるように立っていた。

頭の中は真っ白で、それでも、なにかがボクに立ち向かえと言っていた。ボクの目には男の人だけが映り、ボクの耳にはお嬢様の声だけが聞こえる。

でも、……

「邪魔すんじゃねえよガキがっ!」

あっ、と思った瞬間、ボクは男に蹴り飛ばされていた。とても簡単に宙を舞う。

どさっ、という音が聞こえたような気がしたとき、ボクは地面に叩きつけられた。

 

身体が痛くて動かない……

そんなボクに構うことなく、男は歩く、歩く、歩く。男があとお嬢様まで三歩というところで、……

ブバッ

 

 

また、血が噴き出した。

今度は、その男の首から。

「大丈夫ですかっ! ラクティお嬢様!」

倒れた男の後ろに、兵士隊長のアトダスクさんが立っていた。

 

―――――

ボクは、お嬢様を守れなかった。

あのあと、アトダスクさんとノヴァさんが、王宮に入った盗賊団をみんなやっつけた。

ボクには、なにもできなかった。

盗賊団はなぜかみんな死んでしまって、なぜ王宮を襲ったのか、なぜ襲えたのか、ぜんぜんわからなかったそうだ。

立ち向かったけど、意味はなかった。

幸いにも、ルナお嬢様もラクティお嬢様にも怪我はなかった。

ボクは、無力だった。

「そんなことないよ」

翌日の朝、しょんぼりしながら荒れた王宮内を片づけていたボクに、ラクティおじょーさまが声をかけてくれた。

「私、うれしかったもん。シスちゃんがかばってくれて」

そう言って、おじょーさまは微笑んだ。

そのとき、ボクは、おじょーさまを守れるように強くなることを決めた。

 

 

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