月夜、母殺しの姉妹
エルフという種族は、多大な魔法の素質を親から継承して生まれてくる。それは、母が自身の魔力を、素質を、才能を、子に継承し、また子は腹の中でそれを本能的にむさぼるようにして吸収する。
魔力を源に生きているエルフにとって、その大半を奪われる出産という行為は極めて危険なものであった。
それでも、自然と対話し、森を守るエルフには自然からの祝福が常に与えられ、子供を一人産む程度ならば、何十年かすれば回復する。祝福によって不死に近い寿命を得る彼らにとっては、大した時間ではない。
だが、それでは森を守らなくなったエルフはどうなるのか。
そういった彼らには、自然の祝福は与えられず、人間と同じ程の人生しか生きられなくなる。数百年も平気で生きるエルフたちにとって、これが短命であることは明らかだった。
ましてや、自身の魔力のほとんどを奪いつくされる出産は死と同義であった。
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「奥様! 今からでも間に合います! おやめください!」
ランプの明かりだけの薄暗い部屋に、女中の声が響く。
「何を……言っているの?」
ベッドに横たわる妊婦が荒々しい声で答えた。
「やめるわけ……ないじゃない。私のかわいい子らを……見捨てるわけにはいかない……」
「ですが奥様、それで死んでしまわれては! 奥さまはまだお若いではありませんか」
必死の剣幕で説得を続ける女中に妊婦が首を振った。
「エルフの私に、若さなんて意味ないものよ、人間。エルフは、人生が長い……だから、中身が薄い。それがいやで、私は森を出てきたの。……うぅ……ハッ、ハッ……だからね、私は、産まなきゃいけないの。この子たちを見殺しにしたら……私の人生に意味はなくなるわ」
激しい陣痛に息を荒げながら、それでも彼女は女中に語った。お腹の子らにどれほどの価値があるのかと。
「でもっ、でも奥様……うぅ……」
「泣かないで。あなたは笑いなさい。この子らを、笑って迎えてあげて。――私に流す涙があるなら、この子らの祝福に使いなさい……」
「あぅ……うぅ……わかりました、奥様……」
そして、月の女王アークは、二人のエルフの子を遺してこの日息を引き取った。
その寝顔を、窓から差し込む月明かりが照らしていた。